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やまとの歴史|東日本大震災の被災地支援

2021年7月に創業50周年を迎えた大和電機グループ。ここに至るまで数々のターニングポイントがありました。節目を迎えたわたしたちの今につながる出来事を振り返ります。
この記事は50周年記念誌に収録された内容を再編集したものです。

過酷な状況での支援

2011年3月11日14時46分。
あの日あの瞬間、多くの人の暮らしと営みが奪われました。

それから間もなく、取引先の要請を受けて大和電機株式会社は復興住宅の電気工事の支援に社員を派遣します。

鹿児島から宮城県石巻まで車で24時間。
砂ぼこりが立ち上り、建物の屋上にバスが打ち上げられ、線路上には列車が残され、その向こうには巨木が横たわっているという衝撃の光景が広がっていました。

これまでも地震や台風被害を受けた地域の支援に参加したことはありました。しかし今回は訪問エリアが広く件数も多かったため、完了までに約半年もの時間を要しました。

現地の方と話す機会もありましたが、「大丈夫でしたか?」と気軽に聞くことはとてもできなかったそうです。

停電のエリアは広く、電気が復旧していたとしても家電や照明がないために何もできない状況。こんなにも変わってしまうのかと、鹿児島では感じることのなかった電気がある普通の生活の尊さを痛感しました。

被災地支援で感じたこと

実はこのとき現地に赴いたメンバーの中には、当グループ現代表の岩﨑健太もいました。前述したのは岩﨑から聞いた内容です。

この経験で強く感じたのは人と人のつながりだと振り返ります。

物資が不足し、近くの資材店に並んで電材を調達するような状況のなか、鹿児島で取引のあった方が東北の支社に呼び掛けて材料を分けてくださったこと。

いつも地元でご支援いただいている大和電機株式会社協力会のみなさんが駆けつけてくださったこと。

さまざまな場面で大きな励ましを受けたことはけして忘れません。

「思いやる心」は創業当時より受け継がれている想い。悲しく、厳しい状況の中でその大切さを改めて知ったのです。

この記事を書いた人:かんまり

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